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【JOSÉ#3〜サルサの日〜スペシャールInterview 5】

【JOSÉ#3〜サルサの日〜スペシャールInterview 5】

ゲスト: 8ml(from VIBE PAK) インタビュアー: ダーリン.saeko 協力: キャッツアイ/JUNCO JOSÉとしては、今回初めてとなるVJチーム!VIBEPAKからDJのFKD氏と8mlことVJのMASANAO氏。ダンス出身者ならではの視点が光る噂のキャツラにインタビューさせていただきました♡ Q.早速ですが、お二人の自己紹介をお願いします FKD「DJのFKDとVJのMASANAOといいます。VIBEPAKというゆとり世代クリエイティブ集団に所属していて、音楽とかダンス、アートワークとか、自分たちのライフスタイルを撮る映像など、自分たち世代のカルチャーを作りたいと思って始めたクルーです。」 Q.えっ!ゆとり世代以外は入れないのですか!?(笑) FKD「とりあえずゆとり世代で始めたからなんですけど(笑)まぁ、そもそも、VIBEPAKを始めた理由が、同世代でいろいろ面白いことしている人たちがいるのに、個々でしか活動してないというのがあったから、ぐるっと固まったら、それぞれのファンが、それぞれのファンになるじゃないけど、共通の要素からいろんな人たちが集まってくる集合体になれたらなと思って。それで、自分たちの同じ世代で、好きなものが近い仲間たちで集まれたらなって思ったので(笑)」 Q.オーデイションとかありますか(笑) FKD「オーディションとかなんもないです(笑)」 Q.スカウトもなし(笑) FKD「自分たちは、クルーで活動しようというスタンスが第一スタートではなくて、ただ、日常会話のなかで、あの人面白いよね、という会話が出てくる中で、どんな人なんだろ?から始まって仲良くなってくみたいな。 自分たちがしっくりこなかったら、VIBEPAKやろうってならないし、そこらへんは感性に任せたところがあって」 Q.メンバーを誘う時は、みんなで決めるのですか FKD「いいなって思った人が、みんな共通している人。だからMasanaoとかも、メンバーのmasato(ASCHE)の友人で、映像やってる面白いやつがいるからって、連れてきて、感性も合うし、面白いことやってるし、一緒やろうよって。」 Q.今メンバー何人ぐらいいるのでしょうか FKD「メンバーは、今11人います」 Q.全員で集まったりはしますか? FKD「11人が集まることは、なかなかないですね、、。ベトナムにJUNYAがいたり、別でも働きながら活動してるメンバーとか、自分たちのルーツとか居場所がそれぞれで、みんなが集まれるタイミングってそうそうないんですけど。定期的には集まろうって、集まれるメンバーで時間作って遊びがてら集まるみたいな。そういう時に、あの人とか面白そうだよね、みたいな話とか、最近こういうのやってる人たちとかやばくない?っていう情報共有していく感じです」 Q.MASANAOさんは、VIBEPAKに出会ったときの印象は? Masanao「masatoからVIBEPAKってチームはいったんだって話聞いてて、いつか、何かしら関わりたいなとは、ずっと思っていました。」 Q.それは、どうしてですか? Masanao「動画を勉強するにつれて、ダンサーで、かっこいい動画を作ってる人がいないなぁと。もし自分がダンスでかっこいい動画をつくるとしたら、この人たちしかいないと、思ってたからです。」 FKD「MASANAOは、もともとダンスやってたので、VIBEPAKとしてのダンスとか、映像、セッションとか、そういう瞬間を目撃してくれていたのとかもありましたね。」 Q.映像はどちらで勉強されたのですか MASANAO「映像の制作会社入って、そこの業務や、個人でラッパーのPV作ったりとかしてました。」 Q.VIBEPAKのメンバーで共通する感覚、それを形容詞に例えるなら? Masanao 「”いなたい”じゃないですかね」 FKD「ダサかっこいいみたいな。いなたくてナチュラル。自然体がおもろいなって思う中で、作り込まれすぎてない、ラフさじゃないですけど、なんか、瞬間を切り取ってかっこいいな、とか、この瞬間面白いな〜みたいなものの方が惹かれやすいかなと思いますね。それがダンスで言う所の、ふとした時の仕草じゃないですけど、立ち居振る舞いだったりとか、音楽の聴き方とか、そういったところにぐっとくるというか。」 Q.好きなアーティストを教えてください Masanao「ずっと好きなのはアルバ・ノトっていう、エレクトロのノイズの人なんですけど。後は、坂本龍一とかすごい好きです。」 —–アルバ・ノトチェックしてみます! Masanao「エレクトロとかノイズとかって、映像がテクノロジーと一緒に進化していってるんですけど、ストリートカルチャーは、発展がないんで、そこにもうちょっとこっちのニュアンスを持ち込めたらなと。」 Q.どうですかFKDさんは

【JOSÉ#3〜サルサの日〜スペシャールInterview 4】 

【JOSÉ#3〜サルサの日〜スペシャールInterview 4】 

ゲスト: オタニじゅん インタビュアー: ダーリン.saeko 協力: キャッツアイ/JUNCO     3年前のJOSÉフライヤーから、フリーマガジンPACO、など、UWSTOの活動をデザインの力で支え続ける大注目のデザイナー オタニじゅん氏に、初めてインタビューをさせていただきました。彼の世界に魅了された人たちからの熱いエールに答えて、多岐に深くお話を伺ってます。 Q.子どもの頃からデザイナーになるのは夢だったんですか オタニ「いや、絵を描く仕事をしたくて。」 Q.なぜ、絵描きさんになろうと思ったんですか オタニ「もともと絵を描くのが好きなんですけど、小学校の時、クラスで神社を写生したのを、近所のおばあちゃんに褒めてもらったかなんかで。ちょっと人より描けるんじゃないかという意識があって。高校のときに、そっちにしようと。」 Q.高校生の頃は、絵を学んでいたのですか?  オタニ「教室に入っていましたよ。受験のための美術教室。進路決める前は、バスケとかしてましたね。」 Q.デザインはいつ頃から?  オタニ「美術大の中に油絵科とか、建築科とかあるんですけど…デザイン系の方の勉強を学んでいて、一度目で受かると思っていなかったので、浪人したら、油絵科とか行こうかなと思っていたら受かったんで。」 Q.1年目で?  オタニ「そうです、一つだけ、通っちゃって。」  —-凄いですね。 Q.大学時代は、どんな作品を制作していたんですか  オタニ「大学の時は、しっかり絵描いてました。コラージュみたいな、どろどろしたやつをとか」 Q.今とは全然違うタッチですか  オタニ「その頃は、線画が面白いなとは別に思ってなかったです。でも、なんか俺、和田ラジオ先生みたいなの好きだったんですよ。ああいうゆるい感じの…笑」  —-すでに、陰りはあったんですね。  オタニ「影響はきっとあるんでしょうね、微妙なニュアンスの(笑)」 Q.他には、当時好きだったアーティストさんはいますか?  オタニ:「結構いろんな人好きなんですけど、大竹伸朗さんが好きでした。すごい平たい言い方ですけど、コラージュやったり、ゴミ拾ってきて、絵描くみたいなことをやってた人で。その流れで、宇川直宏さんとか。後は、デビット・ホックニーさんとか一番影響受けてました。」 〈絵を見せてもらう〉 —–色合いが、めっちゃ可愛くて、スタイリッシュ。 オタニ「何がいいって、自分の画風が全然固定しないんですよ。基本は一緒ですけど、こういう腰の軽さがいいなって。さらっと描いて作品になる。要は、天才ですよね。」 Q.大学を卒業したあたりのお話を聞かせてください。最初デザイン系の会社に入社されたんですよね? オタニ「会社に入りました。広告作ったりしてました」 Q.何年いらっしゃったんですか? オタニ「12年か11年間。その途中から絵を描きだしたんですよ。 音楽はずっと好きだったんで、そういう人たちと仲良くなりたいなっていうのがあって。渋谷にあるコアラという店の、友達のイベントのフライヤー作ったのが最初でした。」 Q.そこから10年ぐらいですか オタニ「そうですね。そこからずっと描いています。手描きという、コンセプトでやり出したのが25・6歳の時で。だから、さささっと描いて、完結できるようなもの。それで線画のスタイルになっていったんですよね、たぶん。」 Q.その当時と今作ってるフライヤーって、全然違いますか?

【JOSÉ#3〜サルサの日〜スペシャールInterview 3】

【JOSÉ#3〜サルサの日〜スペシャールInterview 3】

ゲスト: 健太郎(SALSA HOT LINE JAPAN) インタビュアー: ダーリン.saeko 協力: JUNCO Q.サルサの日ってなぜ誕生したのですか? 健太郎「SHJの前代表、ジョージ渡部氏が、語呂合わせで303でサルサの日を作り、みんなにサルサを知ってもらう手段の1つだと考えて記念日協会に登録したのが始まり。」 —-へえ!!! 健太郎「SHJという会社がやっているとか、誰がやっているとか、そういうことを気にせずに、純粋にサルサの日を使って楽しんでもらえたらいいなと思ってるんだけどね。」 Q.登録料が意外にかかると聞いたのですが 健太郎「そう、こないだ更新料が来てね、意外にかかることが判明(笑)以前は、一度登録すればお金はかからない制度だったんだけど、最近は経営が苦しいのか(笑)..記念日協会から届いた額縁が3万円も(笑)」 Q.3万円!これは、愛のなせる技ですね 健太郎「ウチとしては、シーン全体が盛り上がってくれて、その内に会社が盛り上がってくれて、何かの形で利益が出てくれてらいいなと。」 Q.健太郎さんは、なぜSHJを引き継がれたのですか 健太郎「単純に、サルサを盛り上げたいなと。 そもそも、自分がこの業界に入ったきっかけというか、出会ったときの衝撃が大きかったから。」 Q.衝撃!? 健太郎「最初は、友だちに連れられて、96年とかその頃、二十数年前のカリベに行ったんだよね。その頃のカリベは、今とは全然違う雰囲気で、踊れる人がそんなにいないから、踊りにいくのではなくて、ラテン系の人たちが夜遊びに行く場所だったんだよ。だから、なんていうか、普段と違うところにいく感覚だったんだよね。」 Q.非日常感ですか 健太郎「そう。飲んでる人たちが半分。踊っている人たちもいて、ペルーの人とかは、フロアーに固まってビールを飲み回してたり、おしゃべりしてたり、奥の方では、ベタベタしてるカップルがいたり、こっちでは、喧嘩してる奴がいたり、すごく安っぽいチープな電飾で、みんながワイワイガヤガヤ、陽気な音楽の空間で好き勝手してるっていうのが衝撃。 あっ、これ俺の世界だ!って思えて。」 —-混沌としてますね(笑)私もそういう雰囲気大好きです。 Q.当時は、そういう場所は他にはなかったのでしょうか 健太郎「例えば、ディスコだとみんなひたすら踊っていたり。1つのことを楽しめる空間ならあったけど、物足りない感じがして。もっと自由だったんだよね。混沌としてるのが、すごくよくて。あのカップルは、あの後どうなるんだろう。。。とかね。そういう色んなことが、1つの空間で見えるっていうのが何か面白いなぁーと思ったんだよね。」 Q.健太郎さんサルサも踊られますよね? 健太郎「踊りたいというより、こういう空間に居続けるには、踊れた方がいいだろうってことで始めたんだよね。踊りに誘われたときに、踊れませんって言って断りたくないなと。」 —そうですね。いろいろ流れはありますよね。 健太郎「その当時、俺を誘ってくれた友だちが、ダンス踊りたいというのがあったから、一緒に始めたんだよね。」 Q.その頃はスクールとかあったのですか? 健太郎「クラブの営業時間前に、ダンスレッスンをやって、その後クラブ営業というシステムが、ちょうど始まったくらいの時で、サルサ・カリベでレッスンしていたロス・サルセーロスというスクール。みんなも始めたてで、行きやすいっていうのもあるし。」 —–面白い時期ですね。 健太郎「後は、当時自分が行ってたのが、日曜日の夕方で、サラリーマンが一番心細くなる時間なんだよね(笑)」 —-心細くですか(笑) 健太郎「だから、六本木っていう少しハイになれる場所にいれるっていうのが、よかった。」 Q.その当時の六本木ってどんな場所っだったんですか 健太郎「今よりも、少し怪しげな場所だったし。基本夜の街だったんだよね。六本木ヒルズとかなかったし、夜の濃い街だった。行くこと自体が、何か高揚するよな場所だった。」

【JOSÉ#3〜サルサの日〜スペシャールInterview 2】

【JOSÉ#3〜サルサの日〜スペシャールInterview 2】

ゲスト:SHOKO(戀)+REIKO(WEDGESOLE) インタビュアー:ダーリン.saeko 協力:キャッツアイ/JUNCO 年々輝きをます2人の女性。美しいとはこういうことか。ダンサー、母、そして社会人として、その行動力の秘訣と最近の動向、今考えていることなどを伺いました。 Q.まずは、祥子さんからダンスを始めたきっかけを教えてください 祥子「バスケ部少女だった中学生の頃、文化祭の時に、ダンス部の照明係をやるのが習わしで、その時の出し物がWEST SIDE STORYだったの。みんな”しめ鯖”みたいな衣装で、ちょいダサなのに輝いて見えて♡ なんだこの世界は!?と思って、次の日には、バスケ部をやめてダンス部へ。 しかも、そのきっかけになった文化祭の主役をされてたETSUKOさんという先輩とは、10年後に”BEBOP SQUEAR”というイベントで再会して、なんと*YOKOさんの相方だったんです・・・」 Q.それは運命的ですね!!ちなみに、部活では、どんな踊りをされていたんですか 祥子「ジャズダンスとモダンがメインの部活で、卒業後は、ヒップホップとかもやったり。 BEBOPに出会ったのは、原田薫さんや、TOSHIさん カポエラのJUNさんなどが教えられていた’スペースワールド’というスクールの発表会で、初めて*sound cream steppersを見て、なんだこれは!?となって。」 Q.REIKOさんは、確か大人になられてからダンスを始めたんでしたよね? REIKO「そうそう。21歳の時に、スポーツクラブに通っていて。」 Q.スポーツクラブ!!トレーニングですか? REIKO「ダイエット(笑) プールに通っていたけど、もっと汗かきたいなと思って、まずは、エアロビのクラスを受けたんだよね(笑) おばちゃん達に混ざって、わぁーって感じで、楽しかったんどけど、何かが違うなって思って(笑)、そこでヒップホップとジャズっていうクラスを発見して!受けに行ったら、金髪の祥子先生に出会うっていう(笑)」 Q.えっ!そんな前に。しかもスポーツジム!?どちらのスポーツジムだったのですか 祥子「西船のNASスポーツクラブっていう所」 —–渋いですねーー Q.REIKOさん、ダンスを始めてみてどうでしたか? REIKO「エアロビックスよりも、音楽も良いしし、先生もかっこいいし、どんどんハマっていって。どんどん楽しくなって踊るから(笑)ちなみに、そこでダイエットにも成功して。 で、その後に祥子さんの出ていたWINGの発表会を見に行ったり、クラブのショーとか、全部見に行った!」 ——お二人は、その頃からの関係だったんですね。 REIKO「祥子さんのジャズダンスは、めちゃくちゃかっこよかった!」 祥子「ちょうど、こないだ引越しで*レイブ2001の時のビデオが出てきて、彼と見てたんだけど、めっちゃダサーって言われたわ(笑)」 Q.すごい!レイブ2001に出演されていたんですね。 祥子「ジャズダンスのチームで出演していたんだけど、その頃にBEBOPに出会って、東中野の*GOTOさんのクラスに通うようになって、チームを組んでショーとか練習したいなって思ってGOTOさんに相談したのね。 そしたら、女の子だから男みたいにスーツ着て、革靴履いて踊るとかでなくてもいいんじゃないかな、と言ってもらって。 それで、ジーン・ケリーとかミュージカルの映像を見て、研究したりして。」 —-私の知っている祥子さんに近づいてきましたね! 祥子「その当時のダンスの相方と、いいイベントに遊びに行きたいね!って話してたときに、”BEBOP SQUARE”というイベントを見つけて、女子のチームが踊るみたいだから見に行こうよ!って。そこでYOKOさんに出会って。 来週イギリスから来てるジェリーさんのworkshopあるし来れば?と誘われて、一体誰ですか?その人?と思うくらい、BEBOPのビの字も知らなかったのだけど、その後すぐに、チーム戀(レン)を組んだのよ。」

【JOSÉ#3〜サルサの日〜スペシャールInterview 1】

【JOSÉ#3〜サルサの日〜スペシャールInterview 1】

ゲスト: OMSB インタビュアー: ダーリン.saeko 協力: JUNCO ずっと背中を追っても、追っても追いつかない常に噂のあの子、ラッパーOMSBさんに、去年に引き続き、年々ヤバくなる秘訣と最近の動向と2018年についてお話を伺いました。 Q.常に噂をされてるOMSBさん。しかし最近のOMSBさんは、マジヤバイ!との評判の声が高くなりすぎて、もう耳鳴りみたいです。 何かここ1年で変化はあったのでしょうか。アルバム制作すると聞いていましたが。 OMSB「制作は、進めてはいるんだけど、進んではいない感じです。すでに二枚アルバムを出してるんですけど、二枚目を出したあたりから、ライブに力が入ってきて。」 Q.一枚目の時は、制作物として作りこんだ感じなのでしょうか。 OMSB「ライブは常に、気合入れてやるしかない感じなんですけど、どこに気合をいれていいのか、わかってなかったんです。二枚目を出すあたりから、わかってきて。こういうところに面白くする要素を足せるなーとか。」 Q.それはライブに限らず、アルバム制作の現場においてもですか OMSB「ライブは、常に気合入れてやるしかないですけど、どこに気合をいれていいのか、わかってなかったのが、二枚目を出すあたりから、わかってきて。ここに、面白くする要素を足せるなとか。」 Q.技術とは?具体的に教えてください。 OMSB「作詞の力とか、アドリブとか、気の抜き方とか、単純に舌の回りとか。」 Q.まさに、音楽をする上で必要な技術ですね。 OMSB「もし、今、前の音源と今を聴き比べることがあったとしたら、ぱっと聞きで全然違うとわかるくらい変化したと思います。自覚してます。」 Q.自覚されるほどというのは相当ですよね。何かトレーニングとかしたのですか OMSB「一応してますけど、単純にライブの回数が多かったですね。一回、一回のライブで出し切るというのをやって来たんで。」 Q.それはご自身で意図的にライブを入れていった感じですか? OMSB「自然と呼んでもらう機会も多くて。」 Q.3枚目のリリースは、いつ頃なのでしょうか。 「年内の予定です。」 Q.コンセプトは決まっているのですか 「一応、固まってきていて、でもやっぱり、一枚目と二枚目とまた違うものを出したいから。 結局、ずっとそうなんですけど、 自分のことしか歌えないんですよ。イメージしたもので、歌詞が書ける人もいると思うんですけど、自分は自分のことしか歌えない。 自分の生活の中で何か起こらないと、書けないから、それが制作の中で一番時間がかかる部分だと思う。」 Q.なるほど、待っている感覚ですか OMSB「出来事を作っていくしかないというか、嘘ではなくて起きてしまったことで、作っていかないと難しいから。」 Q.貯める時期みたいな。自分で積極的にインプットしていることってあるんですか OMSB「凄いバカっぽい答えになるかもですが(笑) 二枚目を出すときまでは、本とか全然読んでなかったんですけど、二枚目を出した後くらいから、急に本を読みたくなって。実際に読み始めてので、歌詞にも何か変化があるかなと。」 Q.ちなみに、どんな本を読まれているのですか OMSB「花村萬月さんって人のは面白くて、結構読んでたんですけど、一作だけお薦めはしないけど、俺的にはトラウマみたいな本があって(笑)いい意味でも、悪い意味でも。」 Q.タイトルは?? 「鬱」 —-笑 凄いのきましたね。